日本サッカーを多角的に捉え、文化として根づかせよう
世界のサッカー先進国に追いつくために何をすべきか…
すべての人に取材で得た”サッカーの知”を公開します!

Column

【気まぐれコラム 松田直樹が残した遺産】

サッカーをすること、人々が思い出すこと

 松本山雅FCの松田直樹が練習中に倒れ、帰らぬ人になって1か月が過ぎた。横浜FMから戦力外通告を受け、JFLに属するチームに移籍して“Jリーグ昇格”という新たな目標に向かって歩み始めた中で、突然起こった出来事。クラブの関係者をはじめ、松田直樹を知るすべての人に大きなショックと悲しみを与えたのは言うまでもない。日本代表としてワールドカップのピッチまで立った選手が2ランクも下のリーグでプレーすること、その行動がもたらす目に見えない力は今後数十年の中で徐々に現れるはずだった。それはともに戦っていた松本山雅FCのチームメイトだけでなく、すべてのサッカー関係者やファンの中にも…。ただ、今となっては憶測でモノを語れない。事実として、彼は引退ではなく現役にこだわり、サッカーを続けたということ。その意味を少しだけ考えたり、感じたりしてもらいたい。

 「16年間、本当に生意気でわがままな自分を応援してくれて、本当にありがとうございました。みんながいて応援してくれたから、自分のマリノスの1試合1試合は気持ち込めて戦ったと思うし、もちろん、オレに切れた人もいると思うし、でもみんなの声援がオレの力になりました。マリノスのサポーターはマジで最高っす。とにかく、もう最高ってしか言えないけど…あとは感謝の気持ちしかないです。ただ、ただ、本気でオレ、サッカーが好きなんすよ。サッカーがやりたいっす。本当にサッカーって最高だし、まだサッカーを知らない人もいると思うけど、オレみたいな存在っていうのもアピールしたいし、本当にサッカーって最高ってところを見せたいので、これからも続けさせてください。本当にありがとうございました」

 横浜FMでの最後の試合にサポーターへ発した言葉だが、サッカーをすることで何かが生まれたり、影響を与えたりできることを十分に理解している。理論的という訳でなく、直感的というか、肌感覚で。だからこそ、自分のサッカー人生を考えた時に、サッカー界のことを思った時に、自分自身を一番表現できる場所、つまり松本山雅FCを選んでプレーした。松田直樹という1人のサッカー選手が「何をしようとして何を伝えたかったのか」「それまでにどれだけのことを残してきたのか」をほんの少しだけ感じて、そのことを記憶にとどめ、時折思い起こして忘れないこと。有形無形、大小…人によってさまざまあるが、それがサッカー界にとって最も大切なことである。

 たかがサッカー、されどサッカー。“サッカーをする”ということがもたらす力は、人の想像をはるかに超える。松田直樹の一本気でまっすぐなプレーに魅了された人は多い。その存在だけでゴールへのにおい、勝利への期待感を心の奥底から湧き出させてくれるような不思議な感覚にさせる選手はそうはいない。どれだけトレーニング方法が近代化し、戦術が発達してもそれを実戦するプレイヤーに魅力がなければ、サポーターは感情移入できない。

松田直樹

 彼が突然倒れて帰らぬ人となった出来事があったことを、そんな選手が“サッカーをする”ということにこだわったことを、後世にまで伝えていくことが我々の使命である。